これまでなんどもブログをつくっては文章を書いて、そしてその文章を、あるいはブログ自体を抹消してきた。
完璧主義がたたってということも大いにあるが、そもそも私自身に発信意欲がないということが大きいように思う。
世間に対して主張したいこともないし、自分のプライベートを晒したい意欲もない。
それでもときどき、文章を書きたくなる。
そんなときは別にノートに手書きでも、クローズドなコミュニティに投稿するのでも、スマホのメモ帳に記録するのでもなんでも良いわけだ。
しかし、自分のドメインにブログを設立するというのは、自分の城を築くようでなんとなく愛着がわく。
ログをためていくという行為自体も好きだ。
それがメモ帳ではなくブログという形式を取ることによって、自分だけが分かれば良いという雑多なメモから、ちょっとした作品に昇華される気分にもなる。
一点、別に公開しなくても良いという点だけが動機にブレーキをかけていた。
私は半径5メートルの人間関係の中で幸せになれるタイプなので、見ず知らずの人間からの承認欲求は持ち合わせていない。むしろリスクの方が大きいと考えている。
しかし最近、「このブログを遺書にしよう」と思いついた。世間に対して発表したいことは特にないが、子どもたちに何か遺せたら良いのではないか、と。
私自身、40になって親のことをほとんど知らないということに気付いた。
自分の子どもたちが親のことを知りたいと思うかは別にして、もし、知りたいと思ったとき、親が生きていた時の言葉を届ける手段として、インターネット上にブログを公開する価値はありそうだ、と思った。
そういう動機でまたブログを書き始めることにする。
京野 誠
