
私は今でもそのときのことをはっきりと覚えている。
慣れないヒールを履き、真新しいリクルートスーツに身を包んだ新人たちが集められた研修センター。
まだうちの会社にいろんな意味で余裕があったうん十年前、研修期間は半年以上、卒業研修は県外のホテルを貸し切って行われていた。
研修期間が長いということは、つまりそれだけの期間、人件費を支払いながらまったく稼げない人たちを抱えなければいけないということを意味する。
こんな芸当、体力のある大企業にしかできないわけで、そんな環境でのほほ〜んと研修を受けていた私たちは恵まれていたなぁと思う。
枯渇がエネルギーになることもあるが、やりたいことがはっきりしていないならなおさら、ピカピカの新入社員で入社するなら教育をしっかりしてくれる大企業は悪くないのでは、と今でも思う。
こと「同期」という存在は貴重だ。同年に入社したというそれだけの存在だが、こういう余裕のある環境において、同期はライバルや敵というより仲間という意識が強くなり、のちに有益な人脈となる。
研修センターの教室には丸いテーブル6つくらい、それぞれに椅子も6つくらい置いてあった。各テーブルには席札が用意されており、新人たちはみな自分の名前が置かれた椅子に着席していた。
その日の研修内容は、ある課題が与えられ、それを解決するための案をチームで議論して発表する類のグループワークだった。
初めに講師の自己紹介があり、その日のスケジュール、トイレの場所など研修センター内の説明があった。
そこで最後に講師はこう付け加えたのだ。
「ベンディングマシーンは廊下を出たところにあります、喉が乾いたらどうぞ」
ベッ、ベッ、ベンディングマシーン!!?
いやあなたそれ「自販機」って言ったほうが短くない?
ベンディングマシーンなんて言うか普通!?
え、外資系ってこんな感じなの!??
当のベンディングマシーン先生からはカッコつけて言ってやったぞという雰囲気は微塵も感じられず、ごく自然に出てしまったんでしょうなぁということが伺い知れた。
その後も社内では「コンセンサス取った?」だの「フィードバックもらってください」だの「アクセプトしておいて」「インビテーション出して」「リスクヘッジ」「イノベーション」「トラッキング」「レビュー」「プレゼン」…
とにかくカタカナにまみれていた。
最初はうげーと思っていたはずの私も、いつしか環境に染まっていった。適応力。
しばらくして母と電話で話をしていたとき、話がぜんぜん通じないぞと感じる自分に気づいた。なにかと「横文字」が出てしまうのだ。
そのたびに「えーと、これって日本語に置き換えるとなんだっけ」と考えながら会話することになった。
外資系社員に限った話ではなく、「ふつうの感覚」から自分がどれくらいかけ離れているのかを客観視するのは非常に難しい。
自分の位置を把握する手っ取り早い方法は、多様な人と接することだ。
さまざまな業種、年齢、性別、国籍の人との接点が多いほど、他人との距離を認識しやすくなるだろう。
ところで、先日コミュニティの中で「30日チャレンジ企画」が立ち上がった(私が主催しているコミュニティではメンバーが自主的にさまざまな企画をしている)。
気づけばこのチャレンジ企画にほとんどのメンバーが手を挙げていて、私は企画してくれたメンバーに思わず「リーダーシップ力がすごいね!」(←また横文字!)と声をかけた。
すると彼女はこう言った。
「難しそうって思わせないのは大事だな、と思うのよ」
あらためて募集文を読んでみると、めちゃくちゃやさしい。やさしいんだよ。
気づかないうちに外資系企業にかぶれていた私は、サービスの説明をするとき、ごく自然に「自分プロジェクトを作ろうね」「タスクを管理しようね」と話してしまっていた。
これ、考えてみたら「なんだかすごく難しそう」って感じる人多いのではないか。
これなら私にもできそうって思わせることが大事
