息子がハマっている「びじゅチューン!」。
最近の息子お気に入りの楽しみ方は、本と同じシーンでDVDを止めて比較していくというもの。はっきり言って何が面白いのかまったく分からないが、この作業をひたすら繰り返している。
「びじゅチューン!」のDVD Bookは「Book」とあるとおり、DVD付きの本である。
この本はDVDで紹介されている美術品の解説本になっており、DVDで使用されたアニメシーンが挿入されている。
現在これを5冊持っているが、全冊の全ページについて同じ場面を一時停止して確認している。
一瞬で過ぎてしまうシーンもあるからコマ送りにしたりして、本と同じ角度になるシーンで上手に一時停止する、そして解説を読む、という作業を繰り返している。読めない漢字は聞きに来る。すごい執着だと思う。繰り返しになるが、大人から見ると何が面白いのかまったく分からない。
息子が生まれてから彼の遊びを観察していると、遊び方に一定のこだわりがあり、そのこだわりには波(フェーズ)があるようだ。ブームの期間中は同じ遊び方を繰り返すのだが、これが結構しつこい。大人から見ていると飽きないのか?と思うほど。子どもには子どもの時間軸があるだろうから特に止めないが、いつもすごい集中力だ、と思っている。
こうやってしつこく遊んでいるから、先日ピアノの先生に借りた本に出てきたワンシーンが「びじゅチューン!」に出てきた絵だと即答できたのかもしれない。
知らない単語だろうと「びじゅチューン!」の歌ならすらすら歌える。歌詞をあっという間に覚えてしまうし、何巻になんの歌が入っているのかも覚えている。
歌詞係(と呼ばれる歌詞を表示する役目のキャラクター)が誰なのか、どのシーンでどのキャラクターが出てくるのか、とにかく事細かに覚えている。
すごい記憶力だと思う。
こういう姿を見ていて思うけれど、大人が子どもに対して「これは難しいだろう」というのは決めつけだ。
難しい言い回しだ、と思うのは自分がその表現を知ったのがたまたま大人になってからだったとかいう理由ではないか。
子どもにとって「情報」は平等だ。
息子が国旗を記憶するときにも同じことを思った。
たとえば大人にとってはアメリカ合衆国の国旗は「簡単」、なぜなら「有名だから」、となる。
だけど、子どもにとっては「アメリカがっしゅうこく」よりも「チャド」の方が文字数が少ない分「簡単」なのだ。知名度は関係ない。
子どもと接するときには、そういう先入観を外した方が良い。
