私の尊敬するヒロ氏は地方公務員で薄給(本人談)だがとてもたのしそうに生きている。

私は彼の生き方が好きだ。

今回はヒロ氏のたのしみを分解して考えみたい。

自分の好みの軸を持つ

ヒロ氏のこれまでの趣味遍歴をざっと紹介すると、バドミントン、スノーボード、ダーツ、ギター、パズル、手品、麻雀、ボードゲームなどがある。割と手広い印象だ。

ひとつかふたつ打ち込む対象を持ち、一定期間集中して取り組み、飽きると次へといったかたちだ。

趣味の対象は、自分が好きなことである。

彼の場合、身体を動かすこと、頭を使うこと(戦略を考えること)、技術を磨くこと、音楽に関すること、といった特徴がある。

要は、自分の好みの軸をもっているということ。そしてこれはなにも1つに絞らなくても良いのだ。

負けることがたのしい

「好み」は実施プロセスにより還元されるたのしみを持つ。

ヒロ氏について言えば、自分の成長がたのしい、こうなりたいという目標に近づくことが嬉しい、自分よりすごい人に触れて気付くたのしさといった要素があるようだ。

興味深いのは、特に1番を目指しているわけではないという点である。勝ち負けに拘っていない。人と比べていない。

技術を向上させる上で人と自分の違いを比べることはあっても、結果を比べることがないということ。

つまり、他人が作った評価軸による相対評価で一喜一憂しないということだ。

むしろ彼は1番になりたくない=負けることがたのしいとも、いう。

どういうことか?

負けるということは自分より強い人がいるということ。

つまり彼にとって1番でない状態とはまだ学ぶことがある状態であり、たのしみが残っているからわくわくするらしい。

一方私は昔から勝負事が苦手だった。

なぜなら負けたくないからだ。

人と比べられ、評価され、見積もられる。

その結果、失望されたくない。

負けるのは恥ずかしいことでありネガティブなイメージしかなかった。

勝負事には広義に試験も含まれる。

私が中学2年生のときだったと思う。

新しく着任した英語の先生に目をかけられ、英検の受験を勧められた。(当時は私の周りで受験する学生は皆無だった。)

「英検を受験してみない?京野さんなら受けたら絶対受かると思うの」

この台詞で受けられなくなった。

他人の期待に応えなければならないということがプレッシャーになった。

受かると思われていて失敗したら失望される。

プライドが、自意識が邪魔をした。

当時の私は負けるのがたのしいという発想は持てなかった。

これは親に結果を求め続けられ、期待に応え続け、顔色を伺ってきた結果だと思う。

親にしてみれば無意識かもしれないが、暗に発せられる「これができるあなたを愛している」というメッセージは、子どもに「これができなければ愛されないのではないか」といったプレッシャーと不安を生む。

私は子育てにおいて、この点に注意したいと考えている。

趣味選定のヒント

話を戻そう。

「好み」という軸が分かった。

では具体的に何をやるのかはどのように選んでいくのか。

たまたま周囲で流行っているということもあるだろう。

友達に誘われてやってみたら楽しかったということもあるだろう。

ヒロ氏の場合、たとえばボードゲームなら何でも良いかといえばそうではないと思う、と話す。

オセロなど解法が解明されているもの、もはや人間がコンピュータには勝てないと分かっているものについては興味が持てない。極端に大勢がやっていることにも興味を惹かれない。

1番になりたいわけではないけれど、既に開拓され尽くしている分野はつまらない。

人が気付いていないたのしみに気付いたというのが良いというこの気持ちは理解できる。

時間的制約によるパフォーマンス向上

ところで、私の観測では人生をたのしんでいる人は仕事で高いパフォーマンスを上げている人が多いと思う。

それは何故なのか考えてみたい。

仕事に関する技能を高めようと思ったらできることは際限なくあるだろう。

主婦業でも同様である。できることは尽きない。

掃除を完璧にしようと思ったら膨大な時間が必要だし、食事を作だっていくらでも時間をかけることができる。

しかし時間も体力も有限、やるべきことはたくさんあるからどこかで切り上げなければならない。

個人的にはそのタイミングを決めるのが非常に難しいと感じるのだ。

つまり、時間が余ったら趣味をやろう、などと思っている限り、永遠にそんな時間はこないということだ。

趣味の時間を覚悟を持って確保する必要がある。

だから、楽しそうに生きている人たちは、けじめを持って働いている。

自分が決めた範囲で最大のパフォーマンスを発揮している。

もちろん残業することもあるが、基本的にだらだら仕事をしない。

これは、「趣味の時間を確保したいから、限られた時間内に結果が出せる」とも言えるのではないか。

故に、人生をたのしんでいる人は仕事ができる。

同じ理由で、お金がかかる趣味をする人は自ずとお金を稼ぐ。

ポイントは、先にに自分がやりたいことを限られた時間の中に並べてみる、ということだ。

そして、それぞれの目指すゴールを設定する。

以上のような逆算方式が結果的にそれぞれのパフォーマンスを高めると思う。

なぜならこれは目的思考だからだ。

ワーキングマザーの生産性が高い理由がこれではないか。

まとめ

今回は私の身近でたのしそうに生きているヒロ氏を例にたのしさを考察してみた。

ここで思うのは、人生をどのくらいたのしんでいるかといくら稼いでいるかは直接的には関係ないということだ。

お金があった方が豊かな生活が送れるし、お金で時間が買えることもある。

しかしお金かあってもたのしくない人もいることが、お金がたのしさの必要条件でないことを示している。

話は逸れるが、たのしんでいたらお金も稼げるという状態が幸せだが、そのためには仕事を好きなことに寄せる、仕事の中にたのしさを見つけること。

さらに仕事をたのしくするためには自分で職場を選ぶことができる実力をつけることも大事だと思う。

また、自分のたのしさのためにお金が必要になった(これには趣味にお金がかかる場合だけでなく、時間捻出、健康維持などのための必要経費も含む)場合、賢い人であればそのためにどうしたら良いか考える。

結果的に、多くの場合必要なお金は稼げている状態が観測される。

さて、趣味を見つけたらそれを自分の人生に組み込もう。

何のために生きているか。

それは誰かの期待に応えるためではない。

自分のたのしみを人生の中心に据えること。自分がどうしたいかを自分で考え、それを望んで良いのだということを、仕事で身体を壊していた20代の私に伝えてやりたい。

また、趣味に勝ち負けはないということも心に留めておきたい。

では、ごきげんよう。

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